決してコロナの所為だけではありません。この数年、重苦しい気分を常に心の奥に抱え込んでおります。以前は創作することが楽しいと言えました。アハハと能天気に笑えていました。しかし、最近では苦しさが先に立ちます。薄暗い洞窟の中を向こうに出口があると信じて必死で進んでいる……そんな感覚です。身の回りをじわりと押し包んでくる厭世気分を振り払いたい。その一心で巨大なレジンの塊に立ち向かうことにしました。タイトルは「水爆大怪獣東京上陸」。1986年、イノウエアーツから発売されました。原型はもはや伝説の人物とも謳われる井上雅夫(ただお)氏です。1980年代初頭といえばガレージキットの黎明期。マテリアルも今ほど豊富ではなく、資料も限られたものしかありません。紙ねんどを使ったり、プラバンを削り出したり、様々な創意工夫でキットが造られていきました。当時の主流サイズは15cmほどだったと思います。そんな中において井上氏はいきなり50cmを遥かに越えるキットを引っ提げて登場されました。どれほどの衝撃を以て迎えられたのか、当時、田舎の中学生だった僕には想像も出来ません。ただ、今でもイノウエアーツの作品は大切にされ、語り継がれています。ひたすら消費されていく世界の中で燦然と輝きを放っているのは驚異的なことです。
すっかり前置きが長くなりました。ここらでキットの話に移りましょう。水爆大怪獣、いわゆる初ゴジですね。モスゴジが一番好きな僕としては、正直なところ初ゴジに強烈な魅力を感じたことはありませんでした。もちろんすべての始まりとして畏敬の念はあります。しかし、この顔……。左右非対称の表情は独特であり、ギョロリとした丸い目はどこを見ているのか分かりません。怪獣というより妖怪の類のような禍々しい風貌です。正面から見るとそれはいっそう顕著になり、カッコいいとはお世辞にもいえません。ですが、作り始めてその気持ちはどこかに吹き飛びました。それどころか、ゾクゾクと高揚している自分がいました。何しろキットから物凄いオーラが立ち昇っているんです。井上さんは造型する際、形を似せて、仕上げとしてもののけを吹き込むと語られているそうです。もののけとはなんなのか? 正体は僕にも分かりません。でも、キットと向かい合うとはっきりと感じるものがあります。得体の知れない圧があるんです。これまで大小合わせて200を超えるキットを制作してきましたが、こんな経験はしたことがありません。ちょっとでも精神状態が悪いと軽く跳ね除けられてしまいます。毎回、全力で立ち向かうしかありませんでした。だから完成までに二ヵ月近くを要しました。おそらくはこの圧がもののけなんだと解釈します。全力で造ったんだから、全力で立ち向かって来い。そう言われているような気がしてなりませんでした。まったくもって度し難いキットです。ちなみに好きになれなかった初ゴジの顔の印象は180度ガラッと変わりました。初ゴジにはやっぱりこの顔、この表情じゃないとダメなんですね。
実はこのキット、当時のものではありません。井上さんが還暦を迎えられたお祝いに赤いレジンで復刻されたものです。怪物屋さんの英断がなければ、僕はこのキットに触れることなく過ごしていたでしょう。本当に感謝です。ちなみに復刻版には付属品はついていません。初版時には特製ベースと高射砲(3機)と機関砲(2機)が付属していたそうですが、それがまた実に精密なメタルキットだったそうです。ゴジラ本体だけでなく付属品にまでこだわってしまう井上さんのパワーに圧倒されます。ですが、もう長いこと新作は世に出ていません。それが何故なのかは分かりませんし、想像でものを言いたくもありません。ただ、映画監督、俳優、作家に音楽家、歴史に名を刻む人の中には、一瞬の凄まじい輝きを放って命を燃やす人達がいるとだけ付け加えたいと思います。
彩色はオーソドックスです。ひたすら黒のみ。その上から茶色を捻じ込む。この繰り返しです。モールドが深すぎてエアブラシでは色が入らないんです。よって筆は必須となります。細かい部分は気にせずものを大きく広く見る。そして豪快に突き進む。それがこの化け物キットを御せる唯一のコツだと思います。僕はギリギリまで腕、足、尻尾を接着しませんでした。着けてしまったら最後、取り回しが大変になります。ギリギリまで塗り込んで、最後の最後にマジックスムースで接着し、隙間をパテで埋めました。硬化後、パテを整形して削るのは案の定大変な作業となりました。抱え上げないと尻尾の裏側や太ももの後ろは処置できません。これはもちろん塗装もそうです。尻尾が想像以上に長くて、エアブラシに入った塗料をぶちまけるは、シンナーのビンをひっくり返すは散々でした。作業はまさに格闘です。繰り返しまずか、そうでもしないとこのキットは完成しません。
精一杯立ち向かいました。遂に完成したゴジラを眺めながら、今、穏やかに笑えている自分を感じます。
全高 |
重量 |
パーツ数 |
付属品 |
530mm |
7800g |
27点 |
なし |
材質 |
原型師 |
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ウレタン樹脂 |
井上 雅夫 |
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