2013/3/5 火曜日

『全てを停止させる狂著』

小森陽一日記 10:26:54

まったくおっそろしい本があったものだ。読み出すと全ての事が手に付かなくなる。続きの事ばかりを考え、何をしていても上の空。次第に睡眠時間は削られていき、身体が不調を起こす。だが、やっぱり無視出来ない。手に取らずにはおれない。そしてまた今夜も白々と夜が明ける……。

スティーグ・ラーソンの処女作にして絶筆、「ミレニアム」。第一部「ドラゴン・タトゥーの女」、第二部「火と戯れる女」、第三部「眠れる女と狂卓の騎士」を遅まきながら読了した。ストーリーもさる事ながら、著者がどうやってこれほどの情報を集め、まとめ、表現出来るのか、気になって仕方がなかった。スゥェーデンの政治、経済、地理は言うに及ばず、盗聴やハッキングまで網羅するパソコンの深い知識、雑誌社や新聞社の内幕、警察の捜査の仕方、弁護士や検事の法廷での戦い方、秘密のベールに包まれた公安組織の動き、そして美味しいコーヒーが飲める街角の店まで、兎に角ありとあらゆる事を知っている。その桁外れの取材力、知識力に強く惹きつけられた。だから、著者の妻(法律的に云々ではなく、普通の感覚ではこの人は妻だ)エヴァ・ガブリエルソンが書いた「ミレニアムと私」もすぐに手に取った。
「ミレニアム」を書くにあたってほとんど取材はしていないという事に愕然とした。

『誰もが生涯に一冊は傑作を生み出せる』
誰の言葉だったか忘れてしまったが、そんな感じのフレーズを覚えている。自分の人生に起った体験や経験はスペシャルだ。家族や友人と日頃どんな話をしているか振り返ってみれば分かる。自分の見聞きした事、想い出、感想、話題の大部分はそれらで成り立っている。スティーグ・ラーソンもエヴァ・ガブリエルソンと一緒に様々な体験をし、沢山の話をしてきた。喜びや怒りや悲しみ。希望や失望。夢。三十年という年月の中で色々な事が蓄積され、やがてその結晶として「ミレニアム」が生まれていった。この作品は創作物でありつつも、ある意味二人の自伝でもある。
ここには二人分のスペシャルな人生譚が詰まっているのだ。それはもう大傑作な筈である。

もちろん、スティーグ・ラーソンが一発屋だったなどとは毛頭思わない。この凄まじいとしか言いようのない物語を紡ぐ力は尋常じゃない。はっきりいって規格外だ。出来れば「ミレニアム」の続きを、そして新たな物語を幾つも読んでみたかった。でも、もうそれは出来ない。

神様は時として本当に残酷な事をする。圧倒的な才能に恵まれた人をふいに神の国へと連れ去ってしまう。スティーグ・ラーソンは50歳という若さで突然この世を去った。心筋梗塞だった。「ミレニアム」が出版された事も、その後ドラマ化、映画化され、世界中の人が魅了された事も彼は知らない……。

2013/2/26 火曜日

『青空の下で』

小森陽一日記 11:11:16

秘密会議が終って数日後、東京へと向かった。「S」とはまた別の仕事。売れっ子は休むヒマなど無いのだ(誰も言ってくれないから自分で言う)。
ジェット機の窓から見える空は晴天、どこまでも青い。羽田空港に到着後、バスでターミナルへと移動。その前に写真をパチリ。この日はPM2.5の事など忘れてしまいそうになるくらい空が澄んでいた。

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打ち合わせやら顔合わせやらをして、翌日早くから茨城に移動する。航空自衛隊百里基地。こう言っちゃなんだが、物凄く田舎のだだっ広いところにあった。天気はすこぶる良く陽射しは温かいのだが、空気が冷たくて身震いする。その日の朝はマイナス6℃まで冷え込んだそうだ。ふと、F15で空高く舞い上がった時の事を思い出す。あの時も直射日光は熱く、コクピット内の空気はとても冷たかった。

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施設や機材の見学、そして空自の皆さんとの会話。やはり楽しい。聞いても聞いても新たに知らない事が出て来て戸惑う事もしょっちゅうだが、一つ一つ丁寧に答えて貰える。それがまた嬉しい。全国にある航空基地は百里で四ヶ所目だ。スタンプラリーでもしておけばよかったと今更ながら思う。

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百里から戻ったその夜、大学の先輩と夕食を共にした。時任三郎氏。僕にとっては「仙崎、上がって来――い!」の下川であり、「犬屋の意地、見せるぞ!」の向井でもある。二人で食事をするのは初めてだったが、気が付けば5時間近く話し込んだ。まさにアッと言う間だ。先輩、また近々色んな妄想話で盛り上がりましょう。

最終日、素晴らしい出会いをした。空自OBであり、まさに空自の歴史そのものである人。これまで僕はパイロットというカテゴリーの中でしか空自を見ていなかった。しかし、この人のお話を伺ってそれがドンと一気に拡張した。もちろんご本人もかつてパイロットをされていたのだが、それだけのキャリアじゃない。思いもよらなかった出来事、想像もしなかった言葉を沢山いただいた。この出会いをセッティングしてくれたHさん、そして皆さんに本当に感謝したい。

さて、いよいよ「天神」を皆さんにご披露する時が近付いてきた。空自のファイターパイロットがどのようにして生まれるのか。彼らはどんな連中でどんな事を思い、どうしてマッハという音速を超える機体で空を飛ぼうと思ったのか。二人の若者を通して空自の「今」を切り取った。直球ド真ん中の青春物語である。3月19日の発売をどうかお楽しみに!

2013/2/19 火曜日

『秘密会議』

小森陽一日記 16:48:21

日曜日、博多は生憎の雨模様だったが、居酒屋の奥は熱かった。テーブルを囲んだ六人の男達。プロデューサー、ディレクター、編集者、そして警察官。そう、「S 最後の警官」の映像化プロジェクト秘密会議だ。

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……なんて硬い切り出しをしてしまったが、本当はプライベートの集り。でも、やっぱり話題はそこに向かい、色んな話が飛び出してくる事になる。驚いたのは皆さん「S」のワンシーンやセリフをよくご存知な事。このメンバーの中で間違いなく僕の記憶が一番あやふやだった。分からなくて愛想笑いを浮かべた事もあったもんな。

僕は自分の作品を見返すという事をあまりしない。別にそう決めている訳じゃない。ただ、目の前の事に集中しているため、昔を懐かしむ事自体を忘れている。そんな感じだ。でもこれは良い部分と悪い部分がある。良い部分は今言った一点集中。兎に角、目の前の事に全力を傾ける。悪い部分はフック。以前書いた展開の中で使える出来事、一言、アイテムを拾えない。時々担当編集Kに「ちゃんと自分の撒いた種を覚えておいて下さい!」と叱られる。でも、困った事にその種が思い出せない事もしばしばだ……。

僕の書いた作品がこれまで様々なカタチで映像化されてきた。これは本当に嬉しくて、ありがたい事である。ただ、原作側と製作側との関わり方は作品によってまちまちだ。今回の「S」はみんながとても近くなっている。名前を呼び合い、素直に意見を交換し合えるようになっている。例えるならサッカーの日本代表のように。これはいざという時、とてつもない力を発揮する事になる。間違いなく。

本格始動を楽しみにしつつ、今日も目の前の事に集中集中。……でも、たまには見返すのも忘れずに。

2013/2/12 火曜日

『至福の刻』

小森陽一日記 11:36:36

小説、原作、脚本、コラム、色んなモノを書いていて、いつも同じ事を思う。なんでこんなに文章下手かなぁ。ほんとに書きたいのはこんな言い回しじゃないんだけど。これ、さっきも使った言葉(フレーズ)だ。「……」「!」多過ぎ。挙げていけばキリがない。完成形がまったく見えず落ち込む事もしばしばだ。

この連休中、新しい小説の最終のゲラチェックを行った。こたつの上に原稿とコーヒーとペンを置いて静かにページを開く。印刷された文字が目に飛び込んでくる。上下がきちんと揃い、美しく整った体裁。本屋さんに並んだ売り物の本と同じだ。ゾクッとする。そして読み始めてみるとあら不思議、すべてがなんだかいい感じに思えてくるのだ。

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他の作家さんはどうだか知らない。ただ僕は、感覚として二割から三割り増しに出来がアップしたように感じる。本当はそんな奇跡など起るはずもないのだが、感じるものは仕方がない。至福の刻……。この瞬間は何度体験してもタマラナイ。

そしてまた、この瞬間を味わう為にひーこら言わなければならない。例えるなら、長い長い坂道を大八車に荷物をいっぱいのせて昇って行く。道の先は霞がかかっていて何も見えない。ところどころ道が別れ、右側の舗装道路を進むとガケ崩れの為に通行止めだったりする。それの繰り返し。でも、頂上に辿り着いたら、あの至福の刻が待っているのだ。そう言い聞かせて――。 

今日も頑張って昇りまっしょい。

2013/2/5 火曜日

『情報解禁』

小森陽一日記 11:27:49

もうご存知の方も多いと思いますが、はい、「S 最後の警官」は今年、映像化されます!!!

この情報、先週お伝え出来れば良かったんですが、9巻の発売日が30日。ブログの更新日が毎週火曜日で29日。勇み足をする訳にもいかず、尚且つ、更新は業者さんがやっておりますのでこっちの都合で日にちを代える訳にもいかず、本日の記事と相成った次第です。

――とは言え、まだ詳しい事は何もいえません。目下、水面下で様々な事が進行しております。もちろん僕もその動きの全てを把握している訳ではないので、断片的に聞こえてくる情報を耳にしては、「え! マジで?」「そりゃスゲェー!」「出来るんですか、そんな事?」と唸っております。皆さん、大いに期待していて下さい。こりゃ相当なものになりますよぉ。一緒に楽しみましょう。

さて、ビッグ本誌で連載しているプルトニウム編も佳境です。こんなに長くやるつもりはなかったんだけど、何時の間にか膨らんでしまいました。その根底にあるのは挑戦、かな。被災地からのお便り、この国を包んでいる言い知れぬ虚脱感、じわりじわりと身体を蝕んでいく汚染物質。そして、これは個人的な思いだけれど、昨今の安易な映像化に対する苛立ち。そこに、折角マンガでやってる訳だし、マンガでしか表現出来ないものをやろうという思いが重なりました。兎に角、最後まで全力でやり切りたい。書き終わった後、抜け殻みたいになったりして……。あ、でも心配しないで下さい。「S」はまだまだ続きます。あれもこれも書きたい事は山積みなんで。

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