2007/9/18 火曜日

『贈り物』

小森陽一日記 17:38:52

皆さんはどういう基準で贈り物を選ぶだろうか。僕は自分の住んでる地域の特産物を送るか、もしくは相手の好みを知っていればそれを選んで送るようにしている。これまで相手から「結構な物を頂戴しまして」と言われてきた。概ね喜んでいただけているのではないかと(勝手にだが)思っている。ただ、贈り物をして「なんでこんなしょうもないもんを」と面と向って言われる事はまずない。言う人も言われた人もほとんどいないと思う。でも僕はそんな数少ない経験をした事がある………。

若かりし頃、NHKのドキュメント番組を作っていた時だ。ある有名な禅寺に取材を申し込みに行った。最初はあっさりと断られた。二度目で少しだけ話を聞いて頂いた。そして三度目、ようやく老師と呼ばれる高僧にお会いする事が出来た。僕は懸命に番組の趣旨を説明した。したのだと思う。緊張していたので何を話したのかよく覚えていない。数日後、お寺から電話があった。「許可します」との返事だった。僕は嬉しくなってすぐにお礼を言いに向った。途中、和菓子屋さんに立ち寄って、お土産にと餡子入りのお餅を買った。本堂へと続く石畳をお土産を抱えて歩いて行く。そろそろと玄関を開けると、これまでの張り詰めた空気がまるで嘘のようになくなっていた。老師を始め皆さんが僕を穏やかに迎えて下さった。もちろん自然と笑顔になる。舌も滑らかになり話も弾んだ。その時だ、小僧さんがお皿を抱えて現れた。見ると僕がさっき買ってきたお土産の餡子入りお餅が乗っていた………。
  
「いただきましょう」
そう言って老師が僕を見る。僕は戸惑った。なぜって―――、この世で餡子とお餅ほどキライなものはないからだ。僕の一瞬の戸惑いを老師は見逃してはくれなかった。
「なぜ食べないんですか?」
「………」
神様、仏様、お坊様の前で嘘はいけない。そう思った僕は正直に理由を話した。
「バカモン!!」
突如、耳元で鐘を叩かれたような大音響が響く。呆然とする僕に老師は言った。
「あなたは自分の食べれないものを贈り物に選んだのか?自分が美味しいと思えないものも贈り物にしたのか?ここには真心の欠片もない。帰りなさい!」
もちろん平謝りに謝った。しかし老師は席を立ち、ついに許しては貰えなかった………。 
お坊さんはきっと甘いものが好きに違いない。自分の勝手なイメージで、まったく安易に餡子入りお餅を選んでしまった。後悔してもどうしようもなかった。
数日後、再びお寺から電話があった。来なさいという内容だった。あれだけ老師を怒らせたのだ。万に一つも撮影許可が下りる訳がない。暗澹たる気持ちでお寺に向った。途中、お土産を買って………。

「撮影を許可します」
老師の言葉に思わず腰が砕けそうになった。なぜそうなったのか、老師は何もおっしゃってはくれなかった。ただ、側にいるお坊さんが、
「君はバカだけど正直者だ。そこが気にいられたんじゃないか」
小声でそう言われた。
暫くして僕のお土産がお皿に乗って出てきた。今回はチーズケーキ、僕の大好物を買ってきた。
「このチーズケーキは美味しいです………」
恐るおそるそう言った。すると老師は、
「そうですか、では頂きましょう」
と食べ始めた。目元にはうっすらと笑みが浮かんでいた―――。

皆さん、贈り物をする時には自分の嫌いな物を選んではいけません。僕みたいに痺れる経験をする事になりますから………。

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