『犬もお巡りさん』
午後3時、犬舎が一斉に開け放たれると、十数匹のジャーマンシェパードが大きな檻の中へ入って行く。彼等はそこでオシッコとウンチをするのだ。決められた時間、決められた場所でキチンと用を足す。目下、訓練場で生活している我が家の愛犬もそんな風にしていた。だがこの日はちょっと勝手が違った。知らない顔がそこにあったから………。鉄格子に前足を掛け、ズラリと並んだシェパード達、目線を一切逸らさず、僕等取材陣を真っ直ぐに見つめて来る。
「誰?誰?誰?この人達、誰ぇぇぇ???」
全身から掻き立てられる興味で気も狂わんばかりのオーラが立ち昇っている。これが警視庁の誇る優秀な「警備犬」との出会いだった―――。
「警備犬」、耳慣れない人も多いだろう。「警察犬」と違うの?という方もいると思う。簡単に違いを説明すると、「警察犬」は犯人の足跡など地面に残された匂いを嗅ぎ分ける。一方、「警備犬」は空気に漂う匂いを嗅ぎ分ける。前者は事件が起こってから活動が始まるのに対し、後者は事件が起こるのを未然に防ぐのが主な任務となる訳だ。「警備犬」の任務はとてつもなく過酷なもので、要人の警護や爆発物の捜索といったテロに関する警備任務、また地震などの災害現場に赴いて、人間の五千倍とも六千倍とも言われる嗅覚で人間を探す災害救助任務を請け負っている。3年前の中越地震、瓦礫の中に埋まった優太くんを最初に見つけたのも「警備犬」のレスターなのだ。
夕方、少し風が出て涼しくなってきたので訓練を見せてもらえる事になった。最初は爆発物発見の訓練、コインロッカーに忍ばせた僅かな火薬の匂いを完璧に当てて行く。次は刃物やピストルを持った犯人を威嚇し、猛然と飛び掛って制圧する訓練、
「小森さん、犯人役やってみますか」
ブログのネタにでもと少しやる気になっていたのだが、無理!!全身で体当たりをかまし、腕に太い牙を立てて大の大人をねじ伏せる「警備犬」。土煙を巻き上げて展開される黒澤映画ばりの訓練には心底震えが来た。訓練士さん達、こんなのやらせようって………、何考えてるんすか!?
最後はガレ場に埋まった土管やパイプの中の人を探し出す訓練、風下で素早く浮遊臭を掴まえ、一直線に隠れた人の所へ駆け寄って行く。そしてネコよろしく塀や梯子の上を移動していく訓練を見せていただいた。いやはやまったく大した犬達である。
それにしても不思議だったのは一頭の犬が「人を制圧」もし、「人を救い」もするという事。首輪を付け替える事で、犬達はその役割の変化を理解する。世界広しと言えど、この相反する任務をやれるのは日本の「警備犬」のみだそうである。凄いぞワンちゃん達、君等も立派なお巡りさんなんだね!!
「レスター号」
中越地震での捜索任務の際、足に大怪我を負ったレスター。切り立った岩や壊れた柱の先端、突き出した釘などで怪我をする事も度々あるという。