2011/11/8 火曜日

『127球』

小森陽一日記 10:20:05

延長10回表、フェルナンデスが放った打球はレフトへと転がった。0対0の均衡が破れた瞬間だった。大写しになった鷹のエースの顔は顕かに引き攣っていた。その裏、勝利まであとストライク一つとした獅子のエースは、大きく腕を振ってボールを投げ込んだ。しかし、長谷川がそれを振り切る。ボールはライトへ抜け、ランナーがホームへ返った。決して感情を表に見せない獅子のエースががっくりとうなだれた。この日、両エースが投じたボールは共に127球。このシナリオは間違いなく野球好きの神様が書いたものである。そう思わない事には説明が付かない――。

野球は確かに好きだ。だが、三度の飯より好きな訳ではない。ルールはそれなりに分かる。各球団の主力選手もだいたい分かる。ホークスの選手ならばもっと分かる。しかし、キャッチーのリードや細かい作戦となると、全くついていけない。その程度のファンである。

11月5日、日本シリーズ出場へ王手を掛けた鷹のエース、杉内と、もはや一敗も出来ない窮地に追い込まれた獅子のエース、涌井。CS第三戦は両エースの意地のぶつかり合いとなった。
「今シーズン最高と言ってもいいくらいの試合」
試合後、多くの解説者や新聞、ネットではそう評されていた。僕はテレビ観戦をしていたのだが、この投手戦に息もつけないほどハラハラなんかしてはいなかった。むしろ、腹が立ってさえいた。今シーズン、杉内はいいピッチングをしても打線の援護に恵まれない事が多かった。そして緊張の糸が切れたように打ち込まれ、失点し、降板する……。何度となくそんな光景を見て来た。だからこの日もリプレイのような展開に溜息を付き、一度はテレビを消したほどだった。
「あぁ、負け試合だな……」と―――。

シャワーを浴び、冷えた麦茶を飲み、一息ついたらやっぱり気になって再びテレビを付けた。すると、涌井がランナーを背負い、あとストライク一つというところで長谷川に打たれたシーンを目の当たりにしたのである。なんとも信じられない光景だった。だが、試合後に両者が投じた球数を知って呆然とした。同じ127球……。ホークスがついにCSを突破した事よりも、127球という数字が頭にこびりついて離れなかった。

(もしもこんな物語を書いたとしたら、人は感動してくれるだろうか?)
「出来過ぎだよ」と一笑に付されるような気がする。僕自身もあまりに出来過ぎな気がして、こんな話は書けない。いや、書かない。だが、現実は違う。こんな、物語でも書かないような事が起こる。起ってしまうのだ。そして、震えるほどに感動させられる……。それがスポーツだと言ってしまえば簡単だ。筋書きのないドラマだからこそと思えば、頷きも出来る。だが、やはり僕は誰かの介在を疑う。これは野球好きの神様が書いたシナリオであると。きっと、いや、絶対そうに違いない。

はてさて、この神様は日本シリーズにどんなシナリオを用意しているのか? 創作家として興味津々である。

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