2012/9/4 火曜日

『帰省』

小森陽一日記 10:58:04

八月最終日に実家へ。娘は部活、嫁さんは片付け、僕は原稿。到着したのは夕方の5時を過ぎていた。それから夕食を予約していた友人の店へ出向く。「ロワール」という名の洋食屋さんだ。

この「ロワール」という店名には若かりし頃の想い出が詰まっている。高校時代、映画製作に明け暮れていた頃、店の二階にある小部屋に陣取り、打ち合わせと編集を繰り返していた。お腹が空いたら友人の父(マスター)が作るカレーを頬張り、喉が渇いたら友人の母が淹れてくれたアイスコーヒーを飲む。それが日課だった。しかもお金を支払った記憶はほとんど無い。「出世払いで貰うから」といつも言われてたっけ……。その店はもう無い。代わりに友人が別の場所に店を持った。同じ店名で――。

落ち着いた雰囲気の店内、広い厨房、そして入り口の一番目立つところに「海猿」のポスターが貼られていた。僕はフィレステーキを注文した。外はしっかりと、中は柔らかく、絶妙の火加減で焼き上げられた肉。それをピリッと山椒の効いたソースを絡めて頬張る。美味い。長年、大きなホテルで料理長まで勤め上げていた友人の腕だ。当たり前だが本当に美味かった。たっぷりのサラダとこのステーキだけでお腹が満たされる。だが、僕にはもう一品、どうしても食べなければならない品があった。カレーだ。「ロワール」に行ったらカレーを食べる。例えどんなにお腹がいっぱいになろうとこれだは外せない。義務や義理じゃない。絆だ。

201209041.jpg

マスターではなく友人の作ったカレー。昔の味に想いを馳せながら、今のカレーを食べた。味は違う。だが、どちらも「ロワール」のカレー、僕を育んでくれたまたとない逸品だ。僕にとっては大事なルーツであり、これからも大切にしていきたい宝物のようなカレーである。

その後、実家に戻って花火をした。八月最後の日を飾る満月の下で、煙と色取り取りの火花が舞った―――。

201209042.jpg

(C)CopyRight Yoichi Komori All rights reserved.