『断酒の成果を見せろ!』
戦闘機に搭乗する為には避けて通れない証明書、それをゲットしに航空自衛隊浜松航空基地へ行った。―――だがその前に、やっておく事があった。綿密な身体検査だ。目や鼻はもちろん、内臓に悪いところはないか、精神に不安定なところはないか、様々なチェック項目を一つずつパスしなければならない。僕はこれを機に、一度身体の中を掃除する事にした。食事に気をつける事、そして一ヶ月間の断酒だ。
タバコはやめて何年にもなる。やめる時も「今日からやめよう」と決め、それできっぱりやめた。「意志が強いんですね」と時々言われるが、多分そうじゃない。元々身体がそれほど欲していなかったんだと思う。現にやめられないものはやめられない。
それほど酒量は多くないが、これまで断酒した最長記録は多分二週間ほどだろう。蕁麻疹で苦しんでいる時も、少し治って来たと思ったらビール飲んでたし……。今回は打ち合わせをした後も、どんなに勧められても、目の前に差し出されても、グラスには手を伸ばさなかった。俺、エライ! やっぱり意志、強いのかも。
そうして挑んだ航空生理訓練、午前中に座学とヘルメットやマスクの装着講習を受け、午後からは大きなチャンバーの中に入って低圧訓練、急減圧訓練を体験した。低酸素症体験では驚く事が起こった。1000から数字を1ずつ引いて紙に書くのだが、これがどうにもスラスラと書けない。「あれ、なんだっけ?」と一つ前に書いた数字を見直してしまう。後でチャンバーの中で書いた紙を見返してみたら、989の次に987と書いている。こんなに早い時点で988を飛ばして書いていた。ガラスの外から僕の様子をカメラに収めていた集英社のAくん曰く、僕の唇がだんだん白く変わっていくのが分かったそうだ。低酸素症は人それぞれ自覚症状が異なる。酸素が少なくなると、どうやら僕は思考力が低下するようだ。なるほど……、何かあったらまず酸素マスクで酸素を吸って数回深呼吸、それから次の行動を考えるようにしよう。
一ヵ月間の断酒のおかげ、……かどうかは分からないが、目出度く証明書をゲット出来た。という事は晴れて戦闘機に搭乗する事が出来るという訳だ。ヤッホー!!!
浜松では沢山の戦闘機パイロットの訓練生や教官と出会った。音速を超える世界で生きる人達……、なんか想像も付かない。さっきまで一緒にご飯を食べたり冗談を言い合ってた人達が、目の前に並んだ練習機、T-4に乗り込んで空へ昇って行く。
この機体、純国産製のジェット機で非常に扱い易く、壊れ難いそう。だから、現在はブルーインパルスもこの機体を使っている。あのアクロバット飛行を可能にしている訳だからそれも頷ける。
あー、いいねぇ……。空。戦闘機で空飛んだら、人生観がちょっと変わりそうだ。怖いけど、酔いそうだけど、それでも一度は乗ってみたい。その日が来るのが愉しみだ。