『名刑事とは』
我が家のリビングには読み掛けの雑誌や本を立掛けるラックがある。そこには最近観た映画のパンフレットやスポーツ、グッズ、時事ネタなどの各種雑誌、画集など色んなものが置かれる。最近、そこに読み掛けの本を立掛けていたら、娘から「怖いからどけてくれ」と言われた。そんな事を言われたのはシネフェックスの「アバター」を立掛けておいた以来である(こっちを向いたネイティリの目が怖かったらしい………)。その本とはこれだ。尋常ではないほど眼光鋭い男の眼差し―――、警視庁捜査一課の名刑事と謳われた平塚八兵衛氏の「刑事一代」である。
平塚八兵衛、もちろん名前だけは知っていた。警視庁捜査一課の叩き上げ刑事、「落としの八兵衛」は有名だから。昭和の時代を震撼させた数々の事件を担当し、退職するまで現場一筋を貫いた人………、しかし、その人となりはテレビの特集などでサラリと取り上げられたのを見た程度、ほとんど知らなかった。
この本はサンケイ新聞社会部の佐々木嘉信氏が、平塚氏と直に相対して聞き書きをする事によって仕上がっている。事件のあらましや捜査の裏が分かるだけでなく、平塚氏のべらんめぇ口調がありのままに収録されている為、まるで肉声をテープで聞いているような生々しい錯覚を受ける。これがなんとも凄い。世の中に警察を扱った本は数あれど、刑事の息吹を感じさせてくれる本はそう多くはないと思う。
平塚氏は捜査の途上で疑問に思ったら突っ走る。たとえ上層部から異論が出たとしても立ち止まらない。食って掛かる事だって度々だ。そこには組織の和とか出世とか生半可なものは一切ない。微塵もない。あるのはホシを挙げる、被害者をどん底に叩き込んだ憎っくきホシを裁きの場に引きずり出す、それだけだ。
刑事とは何か――――?
この本は平塚八兵衛という1人の刑事の魂を通して、その一端を僕等に垣間見せてくれる。ただこの本、初版が昭和50年11月発行となんせ古い。興味のある方は「三億円事件」を新たに収録した新潮文庫の方をお勧めする。