『スポーツは筋書きのないドラマと言うけれど……』
ここ数日間、鳥肌が立ちっ放しだった。間違いなく一年分を有に超すくらいの鳥肌が立った。僕の肌にそれだけの鳥肌を立たせたのは、素朴な、どこにでもいそうな感じの高校生達である―――。
第89回全国高校野球選手権大会、4081校の頂点に立ったのは県立佐賀北高校だった。この結果には正直驚いた。当然、優勝するなんて欠片も思っていなかった。
だから、開幕第一試合(VS福井商業)もまったくもって意識なし。入場行進の流れでそのままテレビを点けっ放し、原稿を書く合間にチラリと目に留まって、
「あぁ、佐賀がやってんのか………」
そんな程度であった。僅かに意識が向いてきたのは、二試合目(VS宇治山田商)の延長からである。両チーム泥まみれになって守りあった末、引き分け再試合となった。一日おいての再試合、今度は猛打が爆発して圧勝。だが、頭のどこかでは
『一試合余計に闘ったんだし、スタミナの消耗で三回戦突破は難しいだろうな……』と冷めた気持ちもあった。だから、三回戦(VS前橋商)はテレビを点けるどころか、試合がある事すら忘れていた。
僕の実家は焼き物で有名な佐賀県伊万里市にある。お盆から少し遅れてお墓参りに実家に出向いた時、テレビで四回戦(VS帝京)が始まった。帝京と言えば誰もが一度は耳にした事があるほどの有名校、今大会でも優勝候補の筆頭である。もちろん試合には負けると思っていた。ただ同じ負けるにしても、点差が大きく開いた無様な負けはしてほしくない、それだけを願った。それが―――である。1時間もすれば画面に釘付けになり、2時間が過ぎる頃には声援と拍手を送り、延長に入るや無我夢中になっていた。ピンチとチャンスが交互に入れ替わる展開。帝京のスクイズを久保くんが絶妙のグラブトスでホーム封殺した瞬間、ゾクゾクッとして鳥肌が立った。こんなプレー、めったにお目にかかれない。だが、これとまったく同じようなシーンが繰り広げられる。再度帝京のスクイズ、今度こそ「もうダメだ!」と思った。しかし、またもや間一髪でホーム封殺。さっきとは比べ物にならないくらい大粒の鳥肌が立った。そして13回裏のサヨナラ勝ち………、なんだかもう異様に興奮している自分がいた―――。
この試合をきっかけに、佐賀北の話題があちこちで聞かれるようになったと思う。
「ミラクル佐賀北」、「がばい旋風」などなど………。でも、僕はこの時もまだ優勝出来るとは思っていなかった。
『帝京に勝ったんだからもういいよ、よく頑張った』
勝ち進んでいるのに、すでに労いの気持ちが湧いていたほどだ。
そして準決勝、相手は同じ九州勢の長崎日大である。この試合、仕事場のテレビで1回の表から見た。スクイズあり、盗塁あり、浅い犠牲フライでのホーム突入あり。手を叩き、鳥肌を立てつつ応援した。気がつけばなんと完封勝ち、そして決勝進出となっていた………。そこで慌てて対戦相手の広陵の試合を見た。エース野村くん、真っ直ぐとスライダー、特に勝負球の縦に大きく割れるスライダーの威力は凄まじい。ちなみに顔もいい。役者にもなれそうなくらい美男子だ。ここまで来たんだから佐賀北に優勝してもらいたい。しかし、野村くんは天が二物(スライダーと顔)を与えた男だ。それだけ神様に愛されてる男にはどうやっても勝てそうにない気がした………。
ある意味、予想通りの展開だった―――。
初回の得点チャンスを失った佐賀北はすぐに2点を先制され、尻上がりに調子を上げて行く野村くんのスライダーに手を出して、三振の山を築いていった………。暫く我慢して見ていたが、どうにも突破口の見えない展開にうろたえ、何度もテレビを点けたり消したりした。消えている間に劇的な事が起こって状況が変わっていれば―――、そう願いつつ数度目にテレビを点けた時、なんと点差は4点に広がっていた。野村くんの調子を考えればこの点差はもはや絶望的と言えた。そこで張り詰めていた気持ちがフッと切れた。
「ここまで勝ち上がって来ただけでも凄いんだから、最後まで頑張れよ」
ここから先は皆さんもよくごご存知の通りである。八回裏佐賀北の攻撃、押し出して1点をもぎ取った直後、副島くんの逆転満塁ホームラン………。それまで99%負けていたと言っても過言ではない佐賀北が、最後は真紅の大優勝旗を手にしていた………。
スポーツは筋書きのないドラマだと言われる。そりゃそうだ。ドラマでこんな筋書きを書いたって嘘臭くて誰も見ない。僕がこの夏の佐賀北の軌跡をドラマで書いたとしよう。
「小森さん、こんな筋書き在り得ないですよ。もう少しリアルに書いて見て下さい」
編集者にはそう言って突き返されるに決まってる。
ただ、これが現実に起こった。だから、甲子園を、日本中をあれほど虜にしたのだ。
おめでとう、佐賀北高校。お疲れ様、監督、コーチ、選手達。ありがとう!!